応援コメントを1000件以上書いてきて分かった、届く言葉と届かない言葉
「何と声をかけたらいいか分からない」——ご家族からも、サポーターの方からも、いちばん多く聞く言葉です。
私は引きこもり克服支援アプリ arukuwa(アルクワ)の運営として、3年間でのべ150名ほどの方に、1000件を超える応援コメントを書いてきました。分担はせず、ひとりで全部書いていました。上手な言葉が見つかった日ばかりではありません。むしろ、書いては消してを繰り返した時間のほうが長かったと思います。
この記事では、その中で自分なりに残った基準を書きます。専門的な理論ではなく、実際に手を動かして分かったことです。
使っていたのは「〜だったんですね」という受け方
いちばん多く使っていた言い回しは、「〜だったんですね」でした。
相手が「今日は窓を開けてみた」と書いてきたら、「窓を開けてみたんですね」と返す。「しんどくて、これで精一杯だった」と書いてきたら、「精一杯だったんですね」と返す。読み方によっては、ただの繰り返しに見えるかもしれません。
それでもこの形を選んでいたのは、評価も助言もせずに、受け取ったことだけを伝えられるからです。「聞いていますよ」と伝えるのに、こちらの意見はいりません。カウンセリングでいう傾聴に近いことを、文字の上でやっていたのだと思います。
使わなかった3つの言葉
逆に、意識して使わないようにしていた言葉があります。
「すごい」
ほめているようで、こちらが上から評価しています。評価する人がいるということは、評価されない日もあるということです。「今日はすごくない一日だった」と本人に思わせてしまう言葉は、使いませんでした。
「頑張って」
すでに、その人は精一杯やっています。布団から手を伸ばしてカーテンを開けるまでに、どれだけの時間がかかったかは、こちらには見えません。見えないものに対して「頑張って」と言うのは、こちらの期待を渡してしまうことになります。
「次は」
「次はこれをやってみましょう」は、励ましの形をした宿題です。今日できたことの話をしているのに、話題が明日に移ってしまう。今日のことは今日のことだけで完結させる、と決めていました。
言いかえると、相手を評価しない・こちらの期待を渡さない・先の話をしない。この3つを外すだけで、書ける言葉はかなり絞られます。絞られた中に残るのが、「〜だったんですね」なのだと思います。
返事が来なくなったとき、追いかけませんでした
記録がぱたりと止まる方は、少なくありません。1週間、1か月、そのまま戻ってこない方もいます。
そういうとき、こちらから催促することはしませんでした。「最近どうですか」「待っていますよ」と送ることも、しませんでした。
理由は単純で、それをした瞬間に、このアプリが「応えなければいけない場所」に変わってしまうからです。動けない時期にいる人にとって、返事をしなければいけない相手がひとり増えることは、負担でしかありません。止まっているときは、止まっていていい。そう考えて、待っていました。
正解だったかは、正直なところ今も分かりません。ただ、しばらくして戻ってきてくれた方が何人もいました。戻ってきたときに、何も聞かずに、その日のことだけを受け取れる場所であったほうがいい——今もそう思っています。
いちばんうれしかったのは、お礼を言われた日
3年で最も記憶に残っているのは、ある方が私たちのことを「運営さん」と呼んで、お礼を言ってくれたことです。
大したことは何も書いていません。届いた記録に、「〜だったんですね」と返していただけです。それでも、お礼を言われました。
こちらこそお礼を言いたい、というのが正直な気持ちでした。誰かの一日を見せてもらえること自体が、こちらにとってありがたいことだったからです。声をかける側が支えていて、かけられる側が支えられている——そういう一方向の関係ではありませんでした。
できなかったこともあります
うまくいった話だけを書くのは不誠実なので、書いておきます。
ご本人が明らかに自分をコントロールできない状態にあり、こちらの言葉ではどうにもならなかったことがあります。応援コメントは、届く範囲が決まっています。日々の小さな一歩に寄り添うことはできても、それ以上のところには手が届きません。
私たちは医療者ではなく、治療をする立場にありません。同じ場面に出会ったら、いまは専門機関につなぐようにしています。声をかけ続けることと、専門家につなぐことは、どちらかを選ぶものではありません。つなぐ判断をすることも、伴走の一部だと考えています。
3年で変わったこと
始めた頃の私は、正直なところ結果を焦っていました。この人が外に出られるようになってほしい、働けるようになってほしい。そういう気持ちが、どこかにありました。
今は違います。小さな一歩の報告が届くこと自体がうれしいし、結果が出なくてもいい。その人がそのままでいることを、そのまま受け取ればいい。そう思えるようになりました。
変わったのは相手ではなく、こちらの構えのほうでした。おそらく、焦りは文章ににじみます。「早く良くなってほしい」と思いながら書いた「〜だったんですね」と、「今日のことが聞けてよかった」と思って書いた「〜だったんですね」は、同じ文字でも別のものとして届いていたはずです。
これから声をかける方へ
もしあなたが、ご家族や身近な人に何と声をかけるか迷っているなら、次の形から試してみてください。
- 相手が言ったことを、そのまま「〜だったんですね」と受ける
- 「すごい」「頑張って」「次は」を使わない
- 返事がなくても、追いかけない
- 手に負えないと感じたら、専門機関につなぐ
上手な言葉はいりません。1000件書いてきて残ったのは、うまいことを言う技術ではなく、この4つだけでした。
arukuwa では、こうした関わり方を一緒にしてくださるサポーターを募集しています。サポーター募集について / 応援コメントの書き方をもっと読む
※ 本記事は運営の経験に基づく一般的な情報であり、医療・治療を目的としたものではありません。ご本人の状態が心配な場合、つらさが強い・長く続く場合は、医師や公的な相談窓口など専門機関にご相談ください。
よくある質問
Q.引きこもりの家族に、何と声をかければいいですか?
A.相手が言ったことを、そのまま「〜だったんですね」と受け取る形がおすすめです。評価や助言を加えず、聞いていることだけを伝えられます。arukuwaの運営として1000件以上の応援コメントを書いてきましたが、最後まで使い続けたのはこの形でした。
Q.「すごい」「頑張って」はなぜ避けたほうがいいのですか?
A.「すごい」はこちらが上から評価する言葉で、評価されない日を作ってしまいます。「頑張って」は、すでに精一杯やっている人にこちらの期待を渡すことになります。「次は」も、励ましの形をした宿題になりがちです。この3つを外すだけで、言葉はぐっと届きやすくなります。
Q.返事や連絡が来なくなったら、こちらから声をかけるべきですか?
A.arukuwaでは催促をしませんでした。連絡を求めた時点で「応えなければいけない相手」が一人増え、動けない時期の負担になるためです。止まっているときは止まっていていい、戻ってきたときに何も聞かずに受け取れる場所であればいい、と考えています。
Q.声をかけ続けても状況が変わらない場合はどうすればいいですか?
A.応援の言葉が届く範囲には限りがあります。ご本人が自分をコントロールできない状態にあるなど、日常の声かけではどうにもならない場面では、医師や公的な相談窓口など専門機関につないでください。私たちは医療者ではありません。つなぐ判断をすることも、伴走の一部です。
